昭和天皇とカブトガニ
「生きている化石」といわれるカブトガニが、なぜ絶滅しなかったか、理由はいくつか考えられる。人間には目が二つあるが、前しか見えないので後ろから襲われたらひとたまりもない。外敵には案外弱い動物なのである。同じく二つしかないトンボの場合は、複眼なので前も後ろも見えるようになっている。だから外敵に後ろから接近されてもひょいと飛んで逃げられる。
ところがカブトガニには目が四つあるおかげで、前後左右も同時に警戒することができる。危険を察知すると、砂泥の中にスッともぐって隠れてしまう。だから外敵に襲われる心配もない。だいいち甲羅が堅くて、とても食べられたものではない。たまに産卵のために陸に上がってヨタヨタしているところを鳥にやられるぐらいである。
このような理由が絶滅から救われた主な原因だろう。またエサは砂泥の中にいる微生物であり、渚を浄化している掃除役をしていることになる。食用とはならないけれども、どんな生き物も自然の中ではなんらかの役割を担っている。必要とされているからこそ、絶滅することなく生き続けているのだろう。

鳥羽水族館提供
遠い昔、三葉虫やアンモナイトが繁栄し、そして絶滅していったことを考えると興味深い。
瀬戸内海の一部や九州沿岸の遠浅の砂泥に棲み、岡山県児島湾では天然記念物に指定されている。三十数年前、岡山国体に行幸された昭和天皇を当時の岡山県知事が案内し、児島湾を一望できる高台から「今は海ですが近い将来、海を干拓工事で埋め立て工場地帯にする予定です」と説明したら陛下は「それではこのへんのカブトガニは棲息場所がなくなってだんだんいなくなりますよ」といわれた。知事は行政のエリートでも動物のエコロジーには無知だったので、その後、専門家に調べさせ、これは大変なことだと気がつき、干拓工事を中止、代わってカブトガニ保護センターをつくることに方針変更をしたことがあった。
後日、鳥羽水族館に天皇、皇后両陛下がお越しになった時、私は水槽から一尾をとりだしてご覧に入れた。かなりの時間をかけてカブトガニの説明をして差し上げると陛下は大変喜ばれ、うなずきながら質問もされた。
そこで私が「このカブトガニが瀬戸内海で生き続けているのは陛下のおかげです。絶滅寸前のところを助けていただきました。カブトガニに代わってお礼申し上げます」と申し上げたら、陛下は実に嬉しそうに感慨深げな御様子だった。
私は陛下にカブトガニの泥がつくといけないのでタオルをお渡ししても、拭こうともなさらない。もういっぺんお勧めしたが、ちょっと拭く真似をなさるだけだった。御自身が生物学者であるから、水や泥がついてもちっとも気にないのだ。私は改めて、陛下の海の生物に対する造詣の深さと愛情の深さを知った。
このように国民一人ひとりがものいわぬカブトガニをはじめ、無数の生きものを研究し、その生態系を知ることが地球環境を守ることになるのではないか。
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