奇跡の生還


岡藤龍正博士
岐阜県美濃市出身。昭和60年近畿大学医学部卒業。同年同医学部放射線医学教室に入局。平成10年、大阪市東吉住区鷹合4−1−67に内科・放射線科の医療法人・岡藤会 岡藤クリニック(06−6608−1115)開業。放射線科専門医、日医認定産業医、健康スポーツ医、近畿大学医学部放射線医学教室非常勤講師、ケアマネージャー。医学博士。
中川英敏さん
広島県出身。近大福山高経て昭和58年近畿大学卒業。近大時代硬式野球部部員。捕手。現 岐阜県のレジャー会社勤務。中間管理職。42歳。これまで『盲腸以外病気知らず』。
予防医学対談
生存率30%から奇跡の生還

FK−23菌を勧めた甲斐がありました(岡藤)
病院側もびっくりです。岡藤博士に感謝しています(中川)

肺ガンで余命3ヵ月と宣告された岐阜市の会社員中川英敏さん(42)。しかし、入院中『FK−23菌』を食べ続け、コブシ大の末期ガンが消えた。入院120日目で、生存率30%からの奇跡の生還。前月に引き続き、そのわけを医療法人・岡藤会 岡藤クリニック院長・岡藤龍正医学博士に聞いてもらった。

岡藤 厚生労働省発表の昨年の死亡率トップはガン。そのガン死のトップが肺ガンです。死亡者数は数年間で5万4000人。肺ガンは自覚症状がほとんど、あるいはまったくなく、気付いたときは手遅れが多い。中川さんはそんな怖ろしい肺ガン、それも手術の出来ない、抗ガン剤が効き難い『腺ガン』に罹りながら、入院5ヵ月で5センチもあった腫瘍が消え、見事に生還された。

中川
 入院して毎週木曜日に会う放射線科の先生が会うたび『治療でこんな効果のあるのは初めて・・・』『腫瘍が小さくなっている』『腫瘍が消えた。どうして・・・』とびっくり、。

岡藤
 肺ガンに対する抗ガン剤治療はこの20年間、「カタツムリの歩み」で今も患者の5年生存率10数%。そんな中で5センチもあった腫瘍が短期間に消えたのだからびっくりしますよ。ところで中川さん、病歴は?

中川
 盲腸以外やったことがありません。

岡藤
 高校、大学時代野球部で鍛えられたとか?

中川
 高校は広島の近大福山高、大学は近大。徹底的に鍛えられました。

岡藤
 バリバリの体育会系元気印!

中川
 体力には自信がありました。

岡藤
 タバコは?

中川
 20歳から1日30本。酒は飲みません。

岡藤
 肺ガンにタバコ、日本の男性は喫煙率が53%あり、この高さが肺ガン増加の原因と言われています。で、中川さん、自覚症状は?

中川
 昨年11月ごろから声が出難くいなァとなり、しゃべり辛いなァ、となったんです。たまたま会社でちょっときつい作業があり、するとすぐ息が上がるし、会議に出てもしゃべり難くなって…でも、そのうちに治るだろうと思っていました。

岡藤
 病院へ行ったのは?

中川
 業務命令です。『体調が悪いのなら病院で検査を受けて来い』で、今年の1月15日やっと病院に行ったんです。咽喉が悪いんやから咽喉科と思って・・・そして1月23日CT検査、翌24日妻同伴で病院に呼び出され肺ガンの宣告、2月6日入院しました。

岡藤
 宣告を受けた後、したことは?

中川
 会社に報告すると上司から岡藤先生の紹介を受け、先生お勧めの『乳酸球菌FK-23菌』を入院中食べ続けました。

岡藤
 ニチニチ製薬(株)の『乳酸球菌FK-23菌』は、抗ガン剤としての特許-『この菌体処理物は副作用もなく、また、免疫賦活効果が高いため、腫瘍の増殖をより効率よく抑制する。抗ガン剤と併用することも可能である』と抗腫瘍剤及びその製造法で特許をとっていますからね。

中川
 それで藁をもつかむつもりで一生懸命食べました。

岡藤
 患者さんに乳酸菌を勧めると『下痢をしないか』とよく聞かれますが、今回の中川さんの場合は?

中川
 下痢はしなかったです。

岡藤
 ほかに気付かれたことは?

中川
 痰が切れ易くなりました。入院まえの検査で痰を出してくれと言われた時、出にくかったのが、それが出易くなって・・・コロコロ出てくるようになりました。それに抗ガン剤治療が始まると吐気で食欲もなくなる、と聞いていましたが、言われたような吐気に襲われることもなく、心配したほど食欲も落ちま
せんでした。

岡藤
 毎日食べた『乳酸球菌FK-23菌』サプリメントのなせる業…そうでないと中川さんの今回の奇跡の生還は現在の肺ガン治療現状から説明がつきません。

中川
 それにしましても肺ガンは、自覚症状の出た時は、もう手遅れ、ということを身をもって知りました。

岡藤
 そのためにも40歳以上は年1回の検診をお勧めしますねェ。それもレントゲンと痰検査では見落としが多いので、出来れば『ヘリカルCT』による検診を勧めます。



<スーパーゴルフ2003年10月号>