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森英介 100年後を見据え、いま何をすべきかを常に考え実行していきたい

衆議院議員
森 英介

もり えいすけ
1948年8月31日生まれ。74年東北大学工学部卒業、同年川崎重工㈱入社。84年名古屋大学にて工学博士号。90年衆議院総選挙初当選、以後6回連続当選。労働政務次官、自民党外交部会長、水産部会長、労働部会長等を歴任。2002年自民党千葉県支部連合会会長。03年厚生労働副大臣。05年自民党副幹事長(総括)。自民党半島振興委員長、自民党労政局長、経済産業委員、災害対策特別委員、06年衆議院予算委員会理事。


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――参院選後の安倍首相の続投について党総務会でも厳しい論駁があったようです。ポスト安倍の最右翼と目されている麻生太郎外相の「為公会」事務総長でもある森さんはどのようなお考えでしょうか。


●麻生太郎が安倍内閣の主要ポストを占めているいま、総理を支えるという立場でわれわれの仲間は意思統一しています。ただ、いずれまた総裁選があれば麻生も手を挙げるでしょうが、それまでは安倍内閣を支えていきます。安倍総理も麻生さんを一番頼りにしているのではないでしょうか。


 今回の参院選の敗北は、本質的には5年間の小泉政権のツケが回ってきたようなものです。バブル崩壊後の日本において、小泉政権は大きな役割を果しました。国民の圧倒的支持のもと、不良債権の処理も進み、デフレからの脱却も視野に入ってきました。この仕事は、実に非凡なキャラクターの指導者だからこそ出来たのだと思いますが、一方で、様々なヒズミが生じてきたことも否定できません。それが今回の選挙で一度にドッと出た。極端に言えば、誰が総裁でも今度の参院選は負ける選挙だったのではないか。私は、そう思います。その傷が深いか浅いかの違いはあっても。


――前回の小泉内閣の郵政1本をテーマにした衆院選で自民党は勝ちすぎました。その揺れ戻しがあったのでしょう。


●確かに前回の選挙は数の上では圧勝しました。しかし、私の選挙区である千葉11区は概ね農漁村地帯ですが、「逆風」とまではいかないにしても、雰囲気は決してよくありませんでした。一つには、市町村合併で地域が傷んでいるという現状があります。合併が出来たところも出来ないところも、何となくわだかまりがくすぶっています。それと、我が党の選挙では運動の中核でもある地方議員の数の大幅な減少も、マイナス要因です。


――平成2年に初当選して以後、6期連続当選しておられます。村山内閣の時に労働政務次官、厚生労働委員長、そして小泉内閣で厚生労働副大臣と要職をこなされてきましたが、印象に残っていることは?


●急速な少子高齢化、そして、人口減少時代の社会政策の難しさを感じました。「改革」と言っても、中身は、要するに、「負担増の給付減」にならざるをえません。誰にとっても有難い話ではありません。また、医療制度改革を見ても、「医局制度」の反省から卒後研修制度を設けたところ、地方の病院の医師不足の引き金の一つになってしまうなど些かちぐはぐな施策も正直少なくありません。我々が経験したことのない時代に突入していく訳ですから、ある程度試行錯誤的になるのは、止むを得ない面もあると思います。時には、大胆に軌道修正しなければならないときもあるでしょう。


 私にとって一番心に残った出来事は、ハンセン病の回復者の皆さんとの触れ合いでした。小泉前首相が、ハンセン病訴訟の熊本地裁判決を受けて国として控訴しないという画期的な決断をされたのは平成13年のことです。私が副大臣を務めたのは、その3年後でしたが、重要な任務の一つに、ハンセン病統一交渉団との協議における厚生労働省側の代表という役割がありました。その仕事を通じて、ハンセン病回復者の皆さんとの交流が始まりました。今まで気づかなかった自分の中の無意識の偏見も認識させられました。地獄を見た人たちだけに、それぞれがすごく魅力的な方々です。以来、毎年、季節になると、東村山にある国立療養所多摩全生園を訪れ、入園者の皆さんと酒を酌み交わしながら、見事な桜の花見をするのが私の大きな楽しみとなりました。


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多磨全生園の花見。韓国のハンセン病問題の第一人者、趙昌源博士(前小鹿島病院長)
ならびに佐川修入園者自治会長と共に


――ところで森さんは自民党で唯一の工学博士です。「100年後の日本、地球を考える」とよくおっしゃっていますが、どういうことでしょうか。


●もともと科学者のはしくれですから、社会がこのままの状況でいくとどうなるかといつも考えています。100年後を見通して、そこからさかのぼって、今為すことを決めなければいけないといのが持論です。つい先だって旧知の大阪大学の教授から是非意見交換をしたいということで、呼ばれました。大学に伺ってみると、工学、理学、医学、人類学、言語学など様々な分野の教授が勢揃いしておられました。この学者集団の狙いは、学問分野の境界を越えて、総合的、大局的に持続可能(サステナブル)な社会を作るための研究に取組もうということでした。まさに私の問題意識と同じです。久々に興奮を覚えました。既に、多くの大学のネットワークが出来ており、東大の小宮山宏総長などがリーダー的存在になっているようです。現在、官界とか経済界との連携はそれなりに出来つつあるのだけど、政界とのチャンネルが全くないということで、私に声がかかったようです。


 環境問題や食糧問題、エネルギー問題にも、こうした観点から対処していかなければなりません。安倍総理も「2050年に世界のCO2排出量を現在の半分に」と提案をしていますが、具体的にどうするのかの政策決定が大事です。日本は、こういったテーマで指導的立場になるべきですが、国家が一丸となって取り組む姿勢が必要であろうと考えます。


――「常識が通用する政治」ということもよくおっしゃっていますが……?


●永田町の世界はともすれば閉鎖的になりがちです。日常、接する人も、同僚議員のはかは、役人や新聞記者など、案外限られています。そういう環境で生活していると、自分の感覚が次第に一般世間の常識から乖離していくような気がします。


 その防止策といっては何ですが、私は、なるべく電車とかバスなどの公共の交通手段を使うようにしています。会社勤めの人の目線や感覚を大切にしていきたいのです。


――地元の千葉は農漁村です。今後の農政についてはいかがでしょうか。


●日本の農政の失敗と言えば、全国画一的な政策をとったことと米に偏りすぎたことではないでしょうか。その結果、飼料用穀物はほとんど輸入に頼らざるをえない状況になってしまいました。米の価格がずいぶん安くなってしまった現在でも、飼料用穀物に比べればまだまだマシなので、一向に転換が進みません。ともあれ、これからは、地域の特性を考慮して、適地適産を進めることが肝要ではないかと思います。


 中国などの安い農産物の流入は、千葉県の農家にも大きな打撃を与えています。しかし、中国は早晩、農産物の大輸入国に転ずるでしょうから、ここ数年が踏ん張りどころだと農家の皆さんには申し上げています。今でも、旧山田町(現香取市)では、若い世代の人たちが集まって農事法人組合「和郷園」をつくって、田畑を借り受けて小松菜やほうれん草を栽培し、冷凍野菜にして、香港などに大量に輸出しています。千葉県は野菜の栽培では北海道に次いで2番目で、首都圏に近いこともあり、農業は千葉県の基幹産業でありつづけると思っています。今後とも、生産体制と後継者を維持すれば、いつの日か再び成長産業になると信じています。


――有難うございました。


森 英介衆議院議員のホームページ
http://www.morieisuke.com/




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