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2007年01月31日

「整理回収機構(RCC)」による脅迫まがいの上申書

※前号のあらすじ

資金援助をした相手(大山氏)の経営破綻。資金回収のため、京都・何有(かいう)荘の名義人と宗教法人の代表役員になったことで詐欺事件の共犯者として逮捕された東城さんは起訴猶予処分で保釈されたが、その後、整理回収機構(RCC)の理不尽な対応に悩まされる。


 東城さんは、書類(上申書)を返送して、ほっとした。大山氏とともに逮捕され、家庭や経営する会社が大変なことになっていたため、「これRCCの魔の手から逃れられる」と書類の返送後にそう思ったという。

 東城さんが逮捕されたことがマスコミなどで報じられたことで、娘さんが嫁ぎ先と衝突。たくさんの荷物と幼な子をつれて、実家に帰ってきてしまった。また東城さんの会社が手掛けていた、地元の行政関係の環境事業も打ち切られる可能性を示唆されていたのだ。それゆえ、一刻も早く、事件やRCCとの関係を断ち切りたいとの「一念」で返送したのである。


 その後、しばらくRCCからは何も連絡がなく、東城さんも周辺で特にかわった動きもなかったので、もう終わったことだと安心していた。しかし、心のどこかにひっかかりが途切れることはなかった。


「いやな予感がする」

と東城さんは、そう感じていた。それが、しばらくして的中した。


 東城さんの書類が何有荘の競売や宗教法人の執行保全、解散命令などに使用されたという話を聞いたのだった。

「嘘の内容にサインをした上申書。執行保全や解散命令というのは裁判所が関係したものではないか。嘘なんだから、罪に問われたり、警察に逮捕されたりしないか」

 そう不安に感じた、東城さんは、RCCに連絡をとった。東城さんがサインした書類には、こんな内容があった。

<平成14年11月20日(中略)
上申書は、私が提出したものではありませんし、上申書が提出されていたことすら知りません>

 しかし、東城さんはRCCからその上申書を見せられたことなければ、そのような上申書が存在したのかも、明確な記憶がなかった。そこで、RCCに平成14年の書類の開示を求めたのだった。それは平成18年3月のことだった。

 しかし、RCC、なぜか開示に応じない。そこで、7月に再度、開示を申し入れたが、RCCは東城さんになぜか、


「上司に相談せねば……」


 というばかりで芳しい返事をしない。


「宗教法人の解散や競売で使ったのでは」


 などという東城さんの質問にも、満足な回答をよこさないという不誠実な対応が続
いた。


 交渉の末、やっと東城さんに平成14年の上申書が送られたきたのが、平成18年7月25日のことだった。


「一目見た瞬間、すぐに思い出しました。これは、宗教法人の弁護士さんから、確認してと見せてもらって了解をして、京都地裁民事部に宗教法人の代表役員として提出したのです」


 と東城さんは言う。RCCの指示で東城さんがサインした上申書のほうが「嘘」なのである。


 また、RCCが東城さんにサインを求めた上申書を検討してみた。東城さんが代表役員に就任、辞任を繰り返した経緯について、記されているところがあった。


<私が承諾していないことで、大山進が無断で申請したものと思います>


 また、宗教法人の実印を大山氏が保管し、印鑑を自由に使用、相談もなく宗教法人の名前で何有荘の登記をしていたという内容も書かれていた。


「実印は私が三重県に住んでいるので、緊急事態に対応ができないと、大山氏の親族に預けていた。大山氏が自由に使えたかどうかなど知りません。無断で私の辞任、就任を申請しかたどうかも知らない。三重県と京都府とはなれているので、その確認すらできない。宗教法人の必要な会合には出席し、重要事項は会合で決めていました。RCCが作成し、私がサインした上申書は、限りなく不正確であることがわかりました」(東城さん)


 しかし、もうすでに宗教法人、大日本法華経寺には京都地裁から解散命令が出されていた。何有荘も、RCCが京都地裁に競売を申し立てていた。


「脅迫まがいに、上申書を書かされなければ私はサインしなかった。その時に平成14年の上申書を見せてもらえれば、少なくともそのものについては、私が了承していたことがわかった。なぜRCCは拒否したのでしょうか。私はサインした上申書の返却を求めています。しかし、今ところRCCから色好い返答はありません。私にもミスがあるとはいえ、やはり、嘘をついたままではまた、逮捕されるのかと心配でならない。そこで、私の潔白を証明するために、脅して上申書を書かせた飯田氏と入船氏を刑事告訴することにしたのです」(東城さん)


 とRCCは脅してサインさせた、嘘の上申書をもって、さまざまな法的手続きを行い、競売まで完了させた。競売の落札金額は約25億円。払い込みも完了したという。


 国策会社に許されざる行為である。


※株式会社 整理回収機構(RCC)
平成8年、住宅金融債権管理機構として発足。預金保険機構が100%の株式を保有するため、「国策会社」と呼ばれる。その後、組織改編を経て、整理回収機構となる。中坊公平氏は初代社長。中小企業に対しての過酷な債権回収で批判が集中。また、中坊氏は破綻した会社の債権回収の件で東京地検特捜部へ詐欺罪で告発されたが、弁護士を廃業することで起訴猶予処分となった。現在3代目社長、奥野善彦氏も弁護士。業績が芳しくないこと、産業再生機構の新設などで役割、存在意義が問われている。(The Resolution and Collection Corporation)

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2007年01月01日

「整理回収機構(RCC)」恐怖の取り調べ室!?

「三人の男が私一人を囲んで『逮捕だ』『わかっているんだ』という。本当に怖くて、ずっと心臓がドキドキしていた。早く終わってほしいとばかり、念じていました」
 と恐怖を語るのは、三重県で会社を経営している東城房子さん。
 手に握られているのは「告訴状」。
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写真は何有荘(2006年6月撮影)

 整理回収機構(以下RCC)の社員と預金保険機構の職員を相手取って、刑事告訴の準備をしているというのだ。相手は国策会社の職員と、その国策会社の100%株主の社員。
「それくらい、腹が立っているんです」
 と悔しそうに話すのである。


 東城さんは、長年、東海や関西でパチンコ店などを経営してきた。バブル期にも、大きな失敗をすることなく乗り越えてきたという。東城さんが京都市の不動産会社の社長であった大山進氏と出会ったのは、今から20年近く前のことだったという(大山氏は旧住専の巨額債務者となり、現在もRCCと係争中。RCCが大山氏に提起した民事訴訟や仮処分申請でRCCが虚偽の個人情報を漏洩する問題が明らかになった。詳しくは月刊『デイリータイムズ』2006年8月号、9月号に既報)。
 そこで、東城さんは、福井県でパチンコ店の出店を計画していた大山氏から協力を求められたことでお互いに意気投合。大山氏はすぐに子息を東城さんの店舗に住み込ませ、見習いをはじめたという。


 だが、大山氏のパチンコ店の計画は思ったようにははかどらず、東城さんは資金援助をするようになった。だが 2000(平成12)年に大山氏の経営する日本工業は事実上、経営破綻してしまった。その時点で、大山氏は東城さんから多額の援助を受けていた。東城さんは大山氏や日本工業に貸し付けたお金が戻ってくるのか、心配でたまらなかった。
「大山さんは、何有(かいう)荘の名義を私に代えるから、迷惑はかけない、大丈夫だと繰り返し言っていた」(東城さん)


 何有荘とは、京都・南禅寺に隣接した明治時代の邸宅。平成17年2月に大山氏が詐欺容疑で逮捕された時の舞台でもあった。そこで、何有荘の一部の登記を東城さん名義に変更。何有荘を本拠とする「大日山法華経寺」という宗教法人の代表役員にも東城さんが就任することになった。だがそれが裏目に出た。東城さんも同年2月、突然、京都府警に逮捕されてしまった。大山氏の詐欺事件における共犯者とされてしまったのだ。


 起訴猶予処分で、保釈されたのが同年3月17日。自宅の電話が鳴ったのは、釈放から20日ほどした、4月5日の午後だった。
「整理回収機構の大阪支店、飯田正樹と名乗る電話でした。最初は非常に丁寧な印象がしました」(東城さん)


 飯田氏は、何有荘の件で東城さんに話を聞きたいので、自宅を訪問したという希望を打診した。しかし、東城さんは何有荘に絡んだことで逮捕されたため、子供たちから、二度とかかわらぬように「厳命」されていた。


 約10分ほどの電話で、東城さんは何度も飯田氏に、面会を拒否した。自宅に行くという飯田氏の申し出も断った。すると、
「整理回収機構と会って話をしないと、協力しないと、競売妨害になる」
 とソフトだが、有無を言わせない口調で言ったという。東城さんは「逮捕」の辛さを、まさに「経験」したばかりだった。そこで仕方なく4月8日、東城さんは約束の午後1時にRCCの名古屋支店に向かった。通された部屋に入って、東城さんは驚いた。
「京都府警の取調室みたいや」
 そこには、飯田氏以外、二人の男性が待ってましたとばかりにスタンバイしていた。差し出された名刺を見ると、預金保険機構・大阪業務部機動調査課の入船洋氏、弁護士の山田昌昭氏だった。東城さんは「怖さ」を実感しながらRCCに呼ばれた時に相談した友人の言葉を反芻していた。
「RCCって、国の出先機関のようなもん。逆らったらあかん」
 電話をかけてきた、飯田氏から質問がはじまった。京都府警の大山氏の事件について、捜査がどうなっているのか、飯田氏は饒舌だった。逮捕され20日間も取り調べを受けた東城さんが、
「詳しいな」
 と感心したほどだった。
「こちらもいろいろと情報がある」
 と飯田氏は自慢げに話したという。
<京都府警から聞いているのか>東城さんはなぜ、警察でもないRCCがそんなに京都府警の情報に通じているのか、内心、ますます不安に思った。頭には「逮捕」という二文字が支配する。
 そして、話はいよいよ宗教法人の問題に突入した。話のほとんどを飯田氏が進め、時折り弁護士が口をはさむ程度。入船氏は終始、パソコンの画面をにらみ、キーボードを叩いていたという。
 宗教法人の代表役員になった経緯、他の役員、大山氏と宗教法人の関係、何有荘のこと役員会や総代会の開催状況など、質問は多岐に渡った。気がつくと、もう3時間以上が経過していたという。
 そうしていると、飯田氏と入船氏、山田弁護士が3者で協議をはじめた。
「今、署名をもらっておきましょうか」
 という飯田氏に、入船氏が
「長時間話を聞いているので、この場で署名をもらったら、あとで拘束して署名させたと言われると困るから、今日はさせないほうがよいですよ」
 と諌めたという。そこで飯田氏が
「郵便で送りますから、それに署名して送るようにしてくれませんか」
 と東城さんに打診した。時計の針は5時近くになっていた。話しはじめて4時間になる計算だ。
「早く、ここから逃げ出したい」
 と思っていた東城さん。飯田氏の申し出を了承した。RCCを出たのは5時を過ぎていた。夕方の風景に変わっていた。
 その数日後、東城さんに<速達><配達証明>という赤い判子が押された、封筒が届いた。封筒の表には<整理回収機構>と印刷してあり<大阪特別回収部 1班 飯田正樹>というゴム印があった。
<先般は、遠方よりお越しいただきありがとうございました。早速ですが、当社宛ての上申書を同封させていだだきましたので、ご確認頂き、見本の通り、日付・住所・氏名・捺印の上、ご返送を頂きたくお願い申し上げます。>
 という文面とともに、2通の上申書とその見本が入っていた。


 赤いペンで<見本>と左上に手書きされた上申書の見本。いずれも東城さん住所、氏名、実印を求めている。
「正直、こんなのが息子たちに見つかったらまた叱られます。だから、すぐに署名と実印を押して、返送しました。上申書は、ざっと目を通しました。間違った内容が書かれてあったり、不確かなこともありましたが、いろいろ言うと、また逮捕されるなど不利益が被るかもしれないとも思ったのでした」(東城さん)
 恐さのあまり、印鑑を押し、サインをして東城さんは返信した。
(この続きは2月1日の更新情報でお伝えします)

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