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2007年06月01日

RCCの中坊初代社長の弁護士復帰計画と弁護士事務所問題

 3月1日の配信でスクープした、中坊公平元整理回収機構社長の弁護士復帰計画。中坊氏は、この3月22日に大阪弁護士会へ再度、弁護士として活動するために、入会申込書と弁護士登録請求書を提出。本誌の指摘が現実のものとなった。


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中坊公平元弁護士


「ほんまにやりよった」


 と話すのは、中坊氏に敢然と立ち向かい、整理回収機構(以下RCC)の社長から引きずり下ろす告発をした増田修造氏。
 中坊氏は、昨年から弁護士復帰計画のプランを温めていたという。


「日本弁護士会会長まで歴任した中坊氏の子分は大阪だけでなく、全国にいます。中坊氏はその根回しに奔走。関東でも、大物と呼ばれる弁護士に相談していた」


 と東京のあるベテラン弁護士はそう内情を明かす。


「中坊氏は『やはり弁護士でなければ、社会的に役立つ公益的な仕事ができない』などと理由を述べていた」


 と続ける。


 公益的な仕事が、弁護士でなければできないというのは、実におかしな話。弁護士でなくても、公益的な仕事はいくらでもできる。街のごみ拾い、登下校する子供たちのサポートなど、日常的にできるものは数限りない。さすがに、中坊氏に近い弁護士も頭を抱えてやんわり「やめたほうがいい」と打診した弁護士もいた模様だ。


 しかし、時遅し。中坊氏は、息のかかった大阪弁護士会所属の弁護士に「根回し」を図っていた。


「再度の登録を申し出たのは、根回しが済み万全の体制が整ったからと言われています」 とある大阪弁護士会所属の弁護士。


大阪弁護士会.jpg
大阪弁護士会


 そんなタイミングで、4月6日の新聞報道があったのだ。中坊氏の再登録をスクープした朝日新聞の関係者は言う。


「中坊氏から、猛烈な抗議が来ました。しかし、それは再登録をしたことではなく、記事中に『中坊公平法律事務所』として中坊氏側のコメントを紹介したためです。後日『中坊法律事務所』だったと訂正を出した」


 そこにまた中坊氏の「疑惑」が垣間見えるのだ。私はかねてから中坊氏が弁護士廃業後、弁護士でなくなったにもかかわらず「中坊法律事務所」と名乗っていることは問題ではないかと指摘してきた。


 私が2004年3月3日に大阪弁護士会のホームページにアクセスして、保存した画面には「中坊公平法律事務所」所属の弁護士が中坊氏を含めて4人。だが、そこに「中坊法律事務所」所属の弁護士が1人いる。なぜか、同じ場所、同じ電話番号で二つの法律事務所が存在するのだ。


 当時はまだ、中坊氏は「廃業」を宣言していたが、懲戒請求を申し立てられていた。その結果が出るまでは「廃業」できないという宙ぶらりんの状態だった。


 かつて中坊氏の「子分」の言われた側近の一人にこのホームページのコピーをを見せて話を聞いたところ、


「弁護士をやめると言っている人間が、法律事務所を名乗ってるんや。まずいな」


 と苦渋に満ちた表情だった。


 中坊氏の復帰計画が判明してからも、大阪弁護士会のホームページには、なぜが「中坊公平法律事務所」と「中坊法律事務所」の二つが存在していることが判明。


 今年5月5日に、中坊公平法律事務所に所属する弁護士1人、中坊法律事務所に所属する弁護士3人に対して、大阪弁護士会に懲戒請求が申し立てられた。


 懲戒を請求したのは、中坊氏を以前も懲戒請求したH氏だ。その懲戒請求書には<懲戒事由>として、弁護士法74条1項、非弁護士の虚偽表示の禁止をあげている。


「中坊公平氏は弁護士ではありません。弁護士登録はなされていません。にもかかわらず法律事務所だと名乗るのは問題だ。これに問題がなければ、弁護士でない私も法律事務所を名乗ってもいいことになる。中坊公平法律事務所に所属する弁護士は弁護士法違反の共犯。中坊公平法律事務所を名乗れば、まだまだ知名度がある中坊氏の名前。多数、仕事の依頼があるのではないかと推測される。知名度の悪用だ」


 と憤慨する。


 H氏が懲戒請求書を提出した直後になぜか「中坊公平法律事務所」が消え「中坊法律事務所」に改められたのだ。懲戒の結果などは関係なく「中坊公平法律事務所」という名称に問題があった「証明」ではないか。


 中坊氏が泉北ホテルの詐欺で、起訴猶予処分になった理由の一つが「弁護士廃業」である。増田氏は今回の中坊氏復活の報道を見て「あの日」のことを思い出した。当時、捜査を担当した東京地検特捜部の担当検事と起訴猶予処分が出た後に面会を求めた。


「中坊氏を起訴猶予にして、増田さんに怒られると思っていました」


 と担当検事はそう恐縮しながら、増田氏に事情を説明した。


 実はこの時、増田氏は「起訴猶予」となったことに立腹はしていたが、担当検事もギリギリまで頑張ってくれたこともわかっていたため責めるつもりはなかった。


 だが、どうしても聞いておきたいことがあった。


「中坊のあほが、また弁護士に復帰することありますか」


 と尋ねると、


「そんなバカなことは絶対にあり得ません。中坊さんにもプライドがあるでしょう。こんな形で(弁護士を)辞めたんですから」
 と言い切ったのだ。


 しかし、中坊は再度、弁護士に復帰する道を選んだ。


 どんな結果が出るのか。その結論はそう遠くない。


◆これまでのあらまし◆ 

中坊公平氏はRCC社長在任中の平成10年、旧住専の大口債務者である朝日住建(本社・大阪市)からの回収を社長直轄案件と位置づけていた。自ら、報告を聞き、指示命令を出していた。


 平成10年3月、大阪府堺市にある「泉北ホテル」の土地と構築物の売買にあたり、抵当権設定ではRCCの上位にあたる、金融機関と生命保険会社の2社に対して、虚偽の売買金額を通知。RCCは2社にそれぞれ9億円を支払い、抵当権を抹消。RCCは15億円を回収した。


 だが、その行為が詐欺であると、増田修造氏が中坊氏やRCCの顧問弁護士、社員を東京地検特捜部に告発。その結果、2003年10月に「外形的事実は認められる」と犯罪事実を認めた「起訴猶予」の処分がなされた。


 中坊氏は弁護士廃業を決意。大阪弁護士会に退会届を提出。しかし、大阪弁護士会に懲戒請求されており、すぐに退会届は認められなかった。


 その後、大阪弁護士会は中坊氏の「非行」は認められたが、申立期限を過ぎているという理由で却下。2005年11月に正式に退会届は受理され、弁護士ではなくなった。