香典まで回収していった“血も涙もない”RCCの取り立ては小樽でも起きていた
「RCCは亡くなった父親の香典まで、回収していきました。こんな国策会社があるのでしょうか」
と涙ながらに訴えるのは、北海道小樽市に住むAさんである。
小樽と言えば、観光スポットとしても有名な土地。新鮮な魚介類が人気だ。Aさんは長く小樽市で鮮魚の卸売会社を経営。創業して約50年、地元では大手に数えられる、鮮魚卸売店だった。
そんな老舗の鮮魚卸売店がRCCの「魔の手」が伸びてきたのは、2001年に地元の小樽商工信用組合が破綻したことにさかのぼる。組合員の総代まで務め、多額の出資までしていたAさんの会社。だが、なぜか約6000万円の債権は、正常とはみなされずRCCに移行したのだった。
「最初、RCCと聞いても、まったく意味がわからなかった。ただ、景気も落ち込み、両親が入退院を繰り返し、長年いた社員の横領などがあり、返済がちょっときつい思った時にRCCでした」
とAさんは話す。
会社は元々、Aさんの両親が経営していたもの。融資に対してはAさんが保証人になっていた。
組合とAさんの会社はまさに、二人三脚だった。得意先からの入金の大半は、北海道唯一の都市銀行だった北海道拓殖銀行を使っていた。しかし、Aさんは地元の組合を大切にしたいと、メインバンクはずっと組合のまま変更しなかった。
週末になれば、Aさんの自宅に支店長や担当者が訪れて、お茶を飲んだり、ちょっとした買い物を頼んだりするほど親しい仲。やってきた支店長や担当者らの手土産に、自慢を魚を包むことは欠かさなかった。
Aさんの母親は、支店長や担当者に預金通帳、印鑑、キャッシュカードまで預けるほど信用していたという。
「うちの借金が約5800万円。しかし、組合はよく『預金が6000万円あるので、実質的にはゼロです』と話していた。借金の中には、組合から頼まれて出資をした。そのために借りてあげた500万円も含まれているのです」
とAさんは言う。
だが、RCCに債権が移行してからというもの、矢のような催促がはじまった。


弁護士の懲戒処分を受けたRCCの初代社長
中坊氏(左)と二代目社長鬼追氏の二人
Aさんの担当者は組合の元職員のX氏だった。Aさんや両親が組合時代はさんざん、面倒を見てきた。だが、掌を返したように強烈に返済を求めてきた。
Aさんは両親が病弱となり、病院に入院。女性の細腕で会社を切り盛りして、月々45万円を滞りなく返済してきた。だが、X氏はそれでも満足しない。
そんな時だった。病弱だった父親が亡くなった。会社の跡を継いだ、Aさんにとっては一番の支えだった父親。憔悴しきっていた時に電話がなった。相手はX氏。
「あの、返済ですが、香典、かなり集まったんじゃないですか」
と切り出したX氏。Aさんは何のことかわからなかった。確かに、地元では名士に数えられる父親の葬儀。大勢の人が焼香に訪れたという。地元の一般的な葬儀より、香典も多かったようだ。
そしてX氏は、
「それなら、香典で返済して下さい。100万円はあるでしょう」
とAさんをせっついた。仕方なく、Aさんは香典の残り、200万円弱を返済したというのだ。
「私はとにかく、両親が借りたものは返さねばと返済することで必死でした。それが香典であろうが、しょうがないと。聞けば、私のほうがちょっとおかしいとわかったのは最近のことでした」
とAさんは言う。
その後、Aさんは自宅を知人に売却。そこから1350万円をRCCに返済した。だがRCCは債権放棄することなく、今も返済が続いているという。
香典の返済を求め、自宅の売却しても債権放棄しないRCC。Aさんは心労からか昨年冬にくも膜下出血で倒れ、入院。2週間も昏睡状態で生死の境をさまよった。
「なんで、こんなボロボロにされてでもRCCに返さなきゃいけないのか。情けなくて涙がボロボロでてきます。これが国策会社なのですか。1日も早く、潰してほしい。私のような目に他の人があわないためには、そうするしかありません」。
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